晴れの国野生生物研究会
全国草原サミットへ







日本の美しい自然と風景の保全再生

 晴れの国野生生物研究会は、バブル後期のリゾート開発計画が全国に展開する平成3年3月に、谷幸三氏(関西トンボ談話会および奈良県自然保護協会事務局長)を会長に発足した生物研究会で、ふるさとの自然は地域の人で調査し、大切にしようと、鳥取県・岡山県の山地・丘陵地を中心に中国地方をフィールドに活動している。



































  晴れの国野生生物研究会は、地域に生息生育する野生生物の実態や生息生育環境について調査研究を行い、保護保全をはかるとともに、人と野生生物とが共存し、人が美しい自然の中で生き生きと生活することのできる自然共生型社会の実現と世界平和に寄与することを目的としている。
 これまでの活動として、中国山地を流れる中小河川について底生生物(主に水生昆虫)調査、山地や丘陵地で小型哺乳類の生息調査を実施するほか、カスミサンショウウオ、モリアオガエル、ルリボシヤンマ、ムカシトンボ、ハッチョウトンボ、サラサヤンマ棲息地の保全再生調査(主に湿地や池沼の保全や再生)を行っている。
 これらの調査保護活動に加えて平成7年夏より、真庭郡内や大山山麓で親子を対象に自然観察会を多数開催している(地元町村と連携)。
 現在、真庭遺産研究会などと連携し、オオサンショウウオなど河川生態系と生物多様性の保全を目的に石積み護岸の復元や石積み技法の伝承など、伝統的な川づくり工法に着目し、「里川工法」による「昔懐かしい故郷(ふるさと)の川の再生」をテーマにした川づくりを提唱している。

 このれらの活動とあわせて、大山蒜山地域におけるウスイロヒョウモンモドキ棲息環境再生活動に取り組んでいる。
 近年まで全国の農山村には、「草刈り山」、「茅場」と呼ばれる半自然草原(里山草原)が広く分布し、肥料や飼料、屋根材などとして農家に活用されていた。
 いわば、草刈り草原は、かつての里山において代表的な環境要素の一つであり、生物多様性を維持する上で重要なビオトープ空間でもあったが、近年、美しい草原風景の消滅とともに、ウスイロヒョウモンモドキなど、草原に生息する希少な野生生物も絶滅の危機に瀕している。
 かつて全国に広く分布したウスイロヒョウモンモドキは、農畜産の近代化や過疎高齢化、生活文化の変化、開発などによって急速に棲息環境が消滅し、中国山地の一部地域でしか見られなくなっており、一昨年開催の「大山蒜山プレ草原サミット」を契機に、大山蒜山地域でも調査活動をはじめている。
 昨年は、春から秋にかけて、大山蒜山に残る二次草原の相観調査を行っており、それぞれの草原について環境概況の把握につとめた。
 また、2005年9月には、学識経験者として星川和夫教授(島根大学生物資源科学部)の参加を求め、「"ウスイロヒョウモドキ生息地再生"草原ビオトープ見学会」を開催している。
 星川教授は、昆虫の専門家で、三瓶山でのウスイロヒョウモンモドキの保護活動を指導していり。この草原ビオトープ見学会は、全国草原サミットの関連イベントとしても開催しており、「ウスイロヒョウモンモドキの保護と生息環境の再生」について具体的な方策を探ることを目的とした。

 平成17年度は、第7回全国草原サミット・シンポジウムin大山蒜山の開催とあわせ、大山地域におけるウスイロヒョウモンモドキ棲息可能性のある草原・湿原の分布調査を行ない(会員および学識経験者による)、調査期間中に、ワークショップ方式で、「"ウスイロヒョウモドキ生息地再生"草原ビオトープ見学会」を開催する。草原ビオトープ見学会は、学識経験者として星川和夫教授(島根大学生物資源科学部)の参加を求め、「ウスイロヒョウモンモドキの保護と生息環境の再生」について具体的な方策を探ることを目的に、現地見学と意見交流を行った。

 第7回全国草原サミット・シンポジウムin大山蒜山の開催は、晴れの国野生生物研究会、真庭遺産研究会、鳥取大学との連携により行い、大山隠岐国立公園大山蒜山地区周辺における山焼き草原について、生物多様性保全の観点から調査研究を続け、一昨年度の「大山蒜山プレ草原シンポジウム」に続き、昨年(平成17年11月11〜13日)に全国草原サミット・シンポジウムを開催することができた。
 全国サミットでは、熊本県(阿蘇地方)をはじめ、千葉県、静岡県(伊豆地方)、長野県(霧ヶ峰)、奈良県、滋賀県、愛媛県、山口県(秋吉台)、鳥取県(大山地域)、広島県(芸北地方)、島根県(三瓶山)など全国の草原地域の参加に加え、農水省、環境省、国立公園協会、岡山県庁、鳥取県庁、真庭市役所、江府町役場、大山町役場の参加により、初日は現地見学会、2日目は全国草原地域での活動報告、3日目は鳥取大学などによる研究報告と草原保全に関する意見交流がなされた。
 「国立公園大山蒜山地域における草原生態系の復元」の活動は、平成17年度 PRO NATURA FUNDの助成事業と
して実施しており、その報告書をこのホームページに掲載する。












































































晴れの国野生生物研究会事務局
〒689-2352 鳥取県東伯郡琴浦町浦安250-10

tel・fax 0858-53-1237












































茅場の保全 全国草原サミット ビオトープの保全 火山麓の風景






 晴れの国野生生物研究会では、平成17年度 PRO NATURA FUNDの助成により「国立公園大山蒜山地域における草原生態系の復元」事業を実施しています。

 事業実施により活動報告書を作成しましたが、保護の対象となるウスイロヒョウモンドキをはじめとする草原に棲む野生生物の一部は、絶滅が危惧されており、本活動報告書では、貴重種の生息地および種を特定する情報などについては、野生生物保護の観点から具体的情報を示すことを控えております。

 なお、報告書の作成にあたっては、日本チョウ類ネットワークが作成した「チョウ類保全ガイドT ウスイロヒョウモンモドキ」 を参考にし、資料の引用を行っております。










































































































序章 大山蒜山地域における自然保護


(1)大山蒜山地域での自然保護の必要性 

 名峰伯耆大山を中心とする大山隠岐国立公園大山蒜山地域には、ブナ自然林、大山寺の歴史文化遺産、牧歌的な高原牧野の環境、放射谷に発達した渓畔林、ミズナラやトチノキの巨樹など、多くの自然文化遺産が残されている。また、昨年、大山がNHKの「日本の名峰」において人気投票で全国第3位に入るなど、昨今の中高年登山ブームに乗って、多くの観光客、登山客が国立公園内に訪れている。
 現在、大山の登山道は、オーバーユースと思える登山客利用があり、大山山腹のブナ林を抜ける観光道路(旧大山環状道路)は、紅葉シーズンには交通渋滞が発生している。
 これまで、大山蒜山の観光といえば、国立公園内を観光客がバスや自家用車で通過する一時立ち寄り型のドライブ観光や登山、スキーなどの野外スポーツが主であり、観光ホテルなどの宿泊施設の建設や道路整備、別荘分譲、ゴルフ場建設、スキー場整備、キャンプ場整備などによる湿原の消滅、眺望の阻害が進み、自然保護や景観保全の面からも問題視する声が多く聞かれていた。
 あわせて、堰堤、道路など人工物や植林による生態系分断などの問題も生じている。
 さらに、国立公園に含まれる山岳域や森林域、高原域において、観光客や登山客が増加する一方で、山麓の農村域に目を向けると、管理不足による農地や植林地の荒廃、遷移による二次草原・湿原の縮小が進み、生物多様性の低下や草原に棲む野生生物の絶滅といった事態の進行していることから、山麓域における環境再生の必要性も生じている。


(2)大山蒜山地域における草原生態系復元の意義 

 日本全国で草原の環境が減少する中で、大山隠岐国立公園大山蒜山地区には火入れ(山焼き)によって維持されている草地が散在して分布し、ウスイロヒョウモンモドキをはじめ希少な野生生物も生息しているが、近年、これらの草原に生息する野生生物の絶滅が危惧されている。
 草原生態系を復元するためには、かつて広く大山蒜山地域に分布していた二次草原の環境を保全再生することが必要とされている。
 草原生態系を復元することは、二次草原(半自然草原)の環境再生とあわせて、大山蒜山地域の高原域・山麓域における生物多様性を保全することでもある。
 昔懐かしい草原の環境を保全再生することは、地域固有の景観や観光客に人気のある牧歌的な高原風景を保全し、名峰伯耆大山の美しい眺望を保全することにも通じ、これらを観光資源として活用することで、国立公園内に集中する観光行楽客を山麓域への分散させることにもなり、山岳域・ブナ林域における登山客・観光客による環境負荷の軽減にもなる。
 さらには、高原域・山麓域での草原や湿原、里山雑木林の保全復元活動を観光メニューに取り入れることで、自然と共生した新しい環境観光文化が大山蒜山地域に育ち、絶滅が危惧される草原棲の野生生物の保護が多くの人の関与によって進められることになる。









































































第1章 大山蒜山地域の自然環境


(1)大山蒜山地域の地形・地質 

 大山蒜山地域は、中国地方の最高峰である伯耆大山(海抜1,731m)を中心とする山岳域およびその山麓の農村域で、広く大山隠岐国立公園に含まれている。大山火山群は、中国山地の北側、日本海近くに噴出した火山群で、巨大なトロイデ火山の大山(弥山)を主峰に烏ヶ山、擬宝珠山、皆ヶ山、蒜山三座と連なる火山連峰である。
 国立公園には、鳥取県・岡山県との県境に連なる毛無山、白馬山、金ヶ谷山、三平山の山地も含まれ、発達したブナ林も広く分布している。
 また、大山や鳥ヶ山(海抜1,448m)、蒜山三座の周辺では火山地形特有の変化に富んだ地形、地質がみられ、大山、烏ヶ山の火山峰を中心に、火砕流によって形成された火山灰台地が広く分布し、大型成層火山特有の広大な裾野となっている。地域内には、クロボコと呼ばれる火山灰土壌が広く分布し、広大な黒土の大地が開けている。
 蒜山地域には、大昔に古期大山の噴火によって巨大な湖(蒜山原湖)が形成されており、その湖底に堆積した珪藻土の地層がみられる。

 大山は山陰地方を横切って分布する大山火山帯の一つで、蒜山、三瓶山とともに大山隠岐国立公園に指定されている。これらの山々は現在火山活動を停止して、死火山となっているが、いずれも、新生代第四紀に火山活動をくりかえした山々である。第四紀は、生物史上、哺乳類が栄え、人類が出現し、氷期と間氷期をくりかえした時代である。大山火山の活動は、大きく二期に分けることができ、それぞれ古期大山、新期大山と呼ばれている。
 奥大山の一帯は、大山、鳥ヶ山、象山、擬宝珠山などの火山に囲まれた高原で、大山隠岐国立公園の中でも最も変化に富んだ火山地形を見ることができる。
 奥大山の北部には、孝霊山・弥山(現在の大山の主峰)・擬宝珠山・二股山(皆ヶ山)・蒜山を結ぶ弥山ー孝霊山構造線が走っており、マグマはこの構造線に沿って貫入したものとされている。
 大山の活動は外輪山の形成から始まり、外輪山形成の初中期には爆発が活発で、そのため外輪山は厚い凝灰角礫岩から成る。凝灰角礫岩の溶岩流は後期になると厚くなり、船上山・勝田ヶ山・矢筈山のように浸食をまぬがれて残っている。奥大山では城山がこの古期大山の外輪山の一部であると考えられる。
 外輪山形成後、山頂付近には北東に開く馬蹄形の陥没カルデラを生じ、このカルデラ形成に伴い弥山ー孝霊山構造線の東側は沈降して、多くの割れ目を生じた。
 この多くの割れ目からは、それにそってマグマが流出し、寄生円頂丘および溶岩流が生じた。比較的苦鉄質のものは溶岩流をなし、酸性のマグマは鳥ヶ山などの火山を噴出させている。
 また、陥没カルデラの中に新しく出現した弥山では、山体の北東側に爆発カルデラが生じて、名和軽石流を北方に流下させた。その後、弥山山体には激しい爆裂活動が起こり、南北両側から熱雲が生じた。弥山熱雲堆積物は当時の谷間を埋めて放射状にのび、このため、大山は西方から眺めると伯耆富士らしく現地形が残っているが、南北両側は著しく破壊されて絶壁を連ねている。
 このような数十万年にわたる激しい火山活動と並行して、大山火山でもウルム氷期などの氷河期における海面沈降に伴う浸食作用の活発化により、笠良原周辺の崖や放射谷にみられるように、崩れやすい溶岩や火山灰の地形に深く大きな浸食谷を発達させている。
 現在では主峰部分の崩壊が激しく、山体の周囲に放射状にのびる渓流によって、大量の土砂を裾野に押し出している。そして、大山山麓縁辺部には、主として大山火山の噴出物から洗いだされた古期・新期の火山麓扇状地堆積物が分布している。

 旧川上・八束村からなる蒜山地方は、北を蒜山山座(上蒜山1,200m、中蒜山1,122m、下蒜山1,100m)と皆ヶ山(1,159m)、擬宝珠山(1,085m)、南を高張山(704m)、天狗山(690m)、愛宕山(803m)、丸山(1,065m)、西は朝鍋鷲ヶ山(1,073m)、三平山(1,010m)などの山々に囲まれ、これらの山々のふもとには東西約14km、南北約5kmの緩やかな起伏の複合扇状地地形を示す山間盆地が広がっている。
 盆地内を流れる旭川は、西から東に流れ、下長田で急に南に折れ、中国山地に深い峡谷を刻みながら流れている。盆地内には旭川沿いに幅1km程度の沖積平野が広がり、これが更に下刻作用のため削られ、川岸に数mの崖が作られたり、基盤岩が現れたりしている。


(2)大山蒜山地域の気候・気象 

日本海に独立して聳える大山火山の周辺は、冬季の季節風を受けて多くの積雪をみる。とりわけ、内陸の高原盆地である蒜山地域は、寒冷な気候で降水量も多く、豪雪地帯でもある。
 鳥取県の西部に位置する大山火山およびその一帯は冬季に降水量の多い日本海側気候であるが、大山の気象条件は、標高的に近い大山寺部落や蒜山高原に近いと考えられる。
 大山の気象は、気温、降雨量とも厳しく、年間降雨量は、大山寺で3,400oに達し、年平均降雪日数は83日に及ぶ。この気象の厳しさは、大山が日本海に面した独立峰であることによる。夏、大山寺部落の最高気温は、26℃〜27℃で米子に比べて約5℃低く、山頂ではさらに4℃ほど低くなると考えられる。夏季の雨量は、6〜7月、9〜10月に多く、8月は比較的少ない。大山山頂付近の初雪は、11月初旬、大山寺付近では11月中旬に初雪をみる。寒冷なシベリア寒気団が日本海をわたり、大山に大量の雪を降らせる。1月、2月は大山寺部落の平均気温が0℃以下を示し、−10℃以下になることも稀ではないとされている。
 奥大山に隣接する蒜山高原も典型的な日本海側型気候に属しており、年間降雨量は2,000oをこえ、年平均気温は12℃以下である。夏季、最高気温は真夏日の30℃をこえることはしばしばあるが、最低気温は20℃前後と比較的しのぎやすい。冬期は、季節風をまともに受けるため、寒さは厳しく、最低気温が−10℃以下になることもよくある。

 蒜山地方(旧川上村、旧八束村、旧中和村)は冬季に降水量が多い典型的な日本海側気候に属しており、積雪寒冷地帯である。周囲を山岳に囲まれて、季節風に含まれる湿気が冬・夏ともに多量に落とされ、天気はきわめて変わりやすい。
 当地は海抜400m以上の盆地であるため、気温は冷涼で、日較差が大きい。蒜山高原の最高気温は真夏日の30℃を越えることはしばしばあるが、最低気温は20℃前後と比較的しのぎやすい。冬季は季節風をまともに受けるため、寒さはとくに厳しく、最低気温が10℃以下になることもよくある。日本海側気候により降雪日が多いが、降雪量は必ずしも多いとはいえず、上蒜山スキー場も年末年始には営業不能になる事態が往々にしてみられる。積雪は、1月中旬を過ぎると安定するが、3月上旬〜中旬にかけて積雪は消え、4月に入って本格的な春を迎える。






(3)大山蒜山地域の植生と植物 

 植生の垂直分布では、温暖帯気候下のコジイ、スダジイ、シラカシ、ウラジロガシを主体とするヤブツバキクラス域とブナ、ミズナラなどの夏緑広葉樹を主体したブナクラス域にわかれ、中国地方では標高500m付近からヤブツバキクラスの常緑カシ林にかわって、イヌブナ林やブナ林に移行している。
 そのため、150〜1,400mの領域を有する江府町では2つの植生配分を含んでいる。 しかし、実際には大部分を占めるヤブツバキクラス域では大半が生活圏であり、そのほとんどが人為的影響を強く受けたコナラ、アカマツの二次林、スギ・ヒノキ植林、畑地などの代償植生に置き換えられている。
 最も自然植生で顕著なものは、標高700〜1,400mの大山山麓の高原域から山腹にかけて広がるブナ・ミズナラの自然林で、大山山麓以外にも南部の毛無山、白馬山、金ヶ谷山周辺にも分布する。

 大山の海抜は、日本海沿岸の海抜0mから主峰弥山の1,729mまでの範囲にある。冷温帯林と暖温帯林の境となる暖かさの指数85℃は海抜750m前後にあるとされることから、奥大山では冷温帯林と暖温帯林の両方の植生を見ることができる。
自然度が高く、原生自然的な要素をもつ植分として、鏡ヶ成の周辺や烏ヶ山の斜面に広がるブナ林のクロモジ・ブナ群集のほか、鏡ヶ成や瓜菜沢牧場の周辺に分布する湿原にヌマガヤオーダーの植生などが自然植生としてみられる。また、大平原の樹海に見られるブナ・ミズナラ群落はブナ林の択伐林で、自然植生に近い植生域として資源性が高く評価される。
 山腹斜面下部から山麓に広がる高原にみられるクリ・ミズナラ群落やコナラ群落はいずれも代償植生で、クリ・ミズナラ群落はブナクラスの、コナラ群落はヤブツバキクラスの二次林であるが、爽やかな樹林の景観となっている。
山麓の里山域や高原の牧野周辺には、アカマツ群落や人工林のスギ・ヒノキ・サワラ植林がみられ、局地的にカラマツ植林が分布している。
 大山や烏ヶ山の噴火による熱雲堆積物によって形成された台地上をみると、御机周辺の水の便の良いところでは水田に利用されているほか、笠良原では畑地として利用がなされ、城山山麓の緩やかな斜面に採草放牧地が分布している。また、烏ヶ山の南麓にみられる広々とした火山麓扇状地上にはススキ群団の植生が広く分布している。

 蒜山地域(旧川上・旧八束村)は、海抜400mから最高が上蒜山の1200mとする範囲にある。冷温帯林と暖温帯林の境である暖かさの指数85℃は海抜750m前後にあるとされるため、蒜山地域では冷温帯林と暖温帯林の両方の植生を見ることが出来る。
 自然度が高く、原生自然的な要素を持つ植生の中で顕著なものにブナ林が上げられる。蒜山地域では、鬼女台近くの旧蒜山大山有料道路の沿線や上蒜山、朝鍋鷲ヶ山の山頂付近、蒜山三座の稜線部などに分布している。この域のブナ林はクロモジーブナ群集に属し、日本海要素と太平洋要素を合わせ持つ中間型となっている。この他に特徴的な自然植生として湿地がある。蛇ヶ乢や内海乢、東湿原、犬挟峡などの湿地にはヌマガヤオーダーの湿生植物群落がみられる。なかでも蛇ヶ乢湿原は盆地に起源を持つ貴重な湿原で、特にイワショウブの個体数が多いことが特徴となっている。また、蒜山三座や、丸山の一部にみられるブナ・ミズナラ群落はブナ林の択伐林で面積的には多くないが自然植生に近い植生域として資源性が高く評価される。
 蒜山三座や皆ヶ山などの斜面にかけてみられるクリ・ミズナラ群落や、山麓域にかけてみられるコナラ群落は、いずれも代償植生で、クリ・ミズナラ群落はブナクラスの、コナラ群落はヤブツバキクラスの二次林である。
内海谷や朝鍋山麓の牧野、中蒜山南麓の火山灰台地上に広がる「茅場」と呼ばれるススキ野原をはじめ、三平山や鬼女台、蒜山三座の稜線部にみられるササ草原、蛇ヶ乢や高松川上流にみられる湿原が遷移したススキ草原など、広範囲にわたる草原が蒜山地域の所々にみられる。
 蒜山地域における植生自然度の分布を見ると蒜山原の低平地や台地で5以下の植生域が大部分を占めているのに対して、蒜山原周辺の山麓域で6〜7、鬼女台の南、蒜山や皆ヶ山などの山岳域では8〜9の高い自然度の植生の分布がみられる。
なお、大山蒜山地域にも中国地方の他の地域と同様に植林がなされ、山地の山腹などでスギ・ヒノキの植林がみられる。また、鳩ヶ原、皆ヶ山の山麓域や蒜山三座の下部斜面から山裾にかけてには、カラマツの植林も広く分布し、冷地的、高原的な要素を醸し出している。その他、朝鍋牧野の山裾には防風林としてのクロマツの樹林帯がみられる。

 大山の植物は種数・種類とも豊富で、ブナ、イタヤカエデ、ミズナラ、ハウチワカエデ、アオハダなどの高木に、オオカメノキ、ハイイヌガヤ、エゾユズリハなどの低木が混生し、珍しいものにノビメチドリ、シラタマノキ、ノウゴウイチゴ、ダイセンヒョウタンボク、ダイセンクワガタ、カンチコウゾリナなどの他にダイセンの文字を冠したものや、中部以北の高山に限られていながら南下した種類のものまでも見ることができ、大山は植物の宝庫といわれている。


(4)大山蒜山地域の野生動物 

 1)野鳥
 大山山麓は富士山麓に次ぐ野鳥の宝庫とされ、イワツバメ、セキレイ、セグロセキレイ、ゴジュウカラ、シジュウカラ、ヒガラ、ヤマガラ、エナガ、キビタキ、オオルリ、カケス、コサメビタキ、ヤブサメ、サンダイムシクイ、コゲラ、アオゲラ、キジロ、ホオジロ、ヨタカ、ホトトギス、カッコウ、ツツドリ、ジュウイチ、カワラヒワ、キジバト、アオバト、キクイタダキ、ホシガラス、などの多くの野鳥の生息が確認されている。
 奥大山の海抜は、御机の600mから鳥ヶ山の1,448mまでに及び、ブナの樹海など植生豊かである。また、御机の周辺には畑地やススキ野原が、瓜菜沢には採草放牧地が広く分布しているため、それぞれの環境で四季を通じて数多くの野鳥を観察することができる。とくに、春から夏にかけては野鳥にとって繁殖期であり、なわばりの確保や配偶者の決定、巣作り、抱卵、育雛を行う野鳥の姿をみたり、なわばり宣言などのさえずりを聞くことが多くなり、一年を通じて最も活動的な季節である。この季節に奥大山でみられるのは夏鳥、留鳥、漂鳥が主で、冬鳥もわずかに姿をみせる。

2)哺乳類・両生類・爬虫類
 大山は孤立峰であるため、大型の哺乳動物の生息に適する地域とはいえず、ツキノワグマやニホンジカは生息していない。しかしキツネ、タヌキ、アナグマなどは数は多くはないが、生息している。ニホンザルは、群れがみられることはないが、きわめてまれに単独のサルをみることがあるといわれる。ブナを中心とした森には、冬眠することで有名なヤマネが生息している。ヤマネは日本固有種で、国指定天然記念物である。
 両生類・爬虫類については、モリアオガエルが鏡ヶ平、深山口で、オオサンショウウオが武庫、荒田で、ブチサンショウウオが荒田で確認されている。

3)昆虫
 大山に生息する昆虫類は、種類が豊富であるばかりでなく個体数が多い点や、北方系や南方系さらに大陸系の種類が交じって生息しているため分布上貴重であったり、生態的に珍しい種類が少なくない。そのため、大山は昆虫の宝庫として、全国各地のマニアの注目の的となっている。昆虫のうち、最も調査が行われているのが蝶類で百十余種が記録されており、人気のあるミドリシジミチョウ類約20種が生息し、その数の多いことでは大山は蝶の楽園と呼ばれている。
 奥大山は、植生的にミズナラ・ブナ帯から、コナラ・アベマキなどの二次林まで、豊富な植物層がみられ、大平原には森林や渓流、草地、湿地などを含み、中国山地の高い標高の条件に加えて、多様な自然が残されている。したがって、平地や丘陵地にみられない昆虫相をみることができる。
 トンボでは生きた化石といわれるムカシトンボや渓流性のトンボの豊富さがうかがわれ、セミの仲間では、山地性のエゾハルゼミ、コエゾゼミ、エゾゼミなどのきき慣れない声を耳にすることがある。

4)魚類
 大山の山麓には鳥ヶ山や大山を源流とする数本の谷川がみられる。これらの河川は山岳域で樹林の中を滝をなして流れ、山麓の火山灰台地を深く浸食して日野川へと注いでいる。
 大平原の樹海を流れる北谷川など奥大山の河川には、イワナ(ゴギ)、ヤマメ、マスなどの渓流魚がみられ、タカハヤ、カジカ、カワヨシノボリ、シマドジョウ、ホトケドジョウなどが生息しているとされている。これらは全て清冽な環境に生息すると思われる種である。




(5)大山蒜山地域の土地利用 

 大山蒜山地域の土地利用区分をみると、山林原野が最も多く、総面積の80%以上を占め、この中には大山隠岐国立公園の自然公園域が含まれる。
 また、標高500m以上の高原が半分以上を占め、耕地はわずかな平坦地を除き、ほととんどが中国山地から日野川へ向かっての斜面にひらけ、全体の約7%にすぎない。
 大山の大半域はブナ・ミズナラの自然林を含む山林で、放牧場、採草地、飼料畑、野菜畑も広く分布しており、牧歌的な高原の印象を強めている。その他として、スキー場、キャンプ場などの観光レクリエーション用地、大山環状道路、蒜山大山有料道路などの観光関連の施設用地がみられる。

 なお、蒜山地方を大きく特徴づける土地利用として牧草地があげられ、総面積の約1割が牧草地、放牧地、茅場として利用されている。代表的なものに、三木ヶ原に広がる中国四国酪農大学の放牧場をはじめ、朝鍋山麓の放牧場、三平山北麓の放牧場、郷原の山裾に広がる採草地、鳩ヶ原の台地上に見られる牧草地、百合原の火山麓扇状地に広がる放牧場、犬挟峠付近の放牧場、などがあげられるが、この他にも多くの牧草地が山裾や火山灰台地上で見かけられる。
 牧草地と並んで蒜山地域の特徴となる土地利用にダイコン畑があげられ、これも総面積の約1割がダイコン畑や飼料畑として利用されている。これらの畑の多くは、朝鍋山麓の牧野をはじめ、鳩ヶ原の台地上、茅部野や郷原の段丘面上、蒜山三座の火山灰砂台地上や上在所近くの段丘崖上に開けた山麓牧野などの山麓台地上に広がっている。
 また、蒜山地域の面積の約1割を占める水田は、蒜山原の平野部に広がっており、集落はこの水田域に集中している。
 皆ヶ山や朝鍋鷲ヶ山、丸山、その他丘陵地や山地の山腹ではスギやヒノキの植林地が広く見られる。また、上蒜山の火山麓扇状地や鳩ヶ原、皆ヶ山の山麓域では、まとまった面積でカラマツの植林地が見られる。
 蒜山地方の西南部には米子道が通り、また、旧八束村の四ツ塚古墳に近い花園では野球グランドなどの設けられたスポーツ公園や珪層土の露天掘りの現場などが見られる。
 とくに、大山寺(大山集落)周辺、枡水高原、大平原、鏡ヶ成、蒜山高原の三木ヶ原などの観光道路周辺に観光施設、保養施設が集中しており、スキー場やレストハウス、宿泊施設がみられるほか、三木ヶ原では、観覧車やジェットコースターなどの遊園地的な施設もみられる。








































































第2章 大山蒜山地域における環境の現状


(1)国立公園内外における環境保全の現状 

 山岳域は広く国立公園に指定されており、ブナ林に代表される落葉広葉樹林が広く分布し、自然の植生遷移にしたがって森林が発達している。また、火山麓扇状地など麓部分もかなりの面積で国立公園に指定されいるため、自然公園法による開発規制などで、土地利用が制限されており、一部、蛇ヶ乢湿原や鏡ヶ成湿原など、湿原の縮小が進んでいるほか、スキー場や駐車場の建設によって樹林が切り開かれているが、沢部などに発達した渓畔林が残り、比較的自然環境が保全されている。
 一方で国立公園の外側は、国立公園に隣接して別荘分譲地や大型畜産施設、観光レクリエーションが建設され、著しく自然度の低下したり、景観が改変された区域がみられるほか、草原や農地、植林地が放置され、生物多様性が低下しているとみられる区域も目立つようになっている。


(2)行楽季における山の中の交通渋滞 

 大山蒜山の主要な観光道路は、大山寺(大山集落)から枡水高原、鍵掛峠、御机、鏡ヶ成、鬼女台を経て、三木ヶ原(蒜山高原)に至るルートであるが、途中、大山南壁直下の山腹ブナ林域を抜ける山岳コースであるため、一本道となっており、紅葉や新緑の行楽シーズンには交通渋滞も発生している。
 このような山の中の渋滞は、国立公園大山のみならず、自然性が高く良好な樹林域を有する山岳高原観光地によくみられる交通渋滞であるが、せっかくの美しい自然がゆっくり楽しめないばかりか、野生生物の生息環境保全の観点からも問題が多い。
 とりわけ、名峰と呼ばれる山岳は、その山腹に発達した自然林や美しい渓流がみられ、希少な野生生物も多く生息していることから、観光利用においても少人数で立ち入るべき環境でもあり、良好な自然域を横断する観光道路のあり方については検証が必要である。


(3)山麓域における環境破壊の進行 

 西の軽井沢と呼ばれ、蒜山三座と皆ヶ山の山麓に広がる蒜山高原は、ジャージー牛が草を食む牧歌的風景が人気の高原観光地で、年間250万人もの観光客がこの地を訪れるている。ここ蒜山高原では、この20年あまり、観光開発や別荘分譲地建設、工場建設が進み、火山麓に広がるかつての自然性豊かな林野の環境が大きく様変わりしている。
 とりわけ、蒜山三座の麓では、国立公園の境界付近まで別荘が建設され、景観の悪化や生物多様性の低下を招いている。
 道路や別荘分譲地の建設は、沢を埋め、林野を切り開いてなされた場所もあり、生態系の分断や希少な湿生植物群落の消失などもおこっており、かつて、蒜山地域で広く見られたサクラソウの群落もその多くが消失している。









































































第3章 大山蒜山地域にみる草原環境


(1)山麓に広がる牧歌的な高原風景 

 大山蒜山地域の大きな魅力のひとつとして、火山性の山岳と高原からなる雄大な眺望と、山麓に広がる牧歌的な高原風景があげられる。大山蒜山地域は、中国四国地方にあって、数少ない火山地形地域で、同じ火山地域の三瓶山に比べ規模的にはるかに大きい。
 大山から烏ヶ山、皆ヶ山、蒜山三座と連なる火山群は、西日本屈指のスケールをみせ、その山麓には、美しい高原牧野の風景が見られる。
 大山山麓および蒜山高原ともに酪農が盛んな畜産地帯で、火山麓特有のなだらかなスロープからなる山麓林野域が広がり、緑美しい採草放牧地の景観や乳牛の放牧風景がみられる。採草放牧地とならんで、大山蒜山地域の景観を牧歌的なものしている土地利用として、高原野菜畑(ダイコン畑)と火入れ草原がある。
 ダイコン畑は、蒜山三座の裾野に広がる平坦な火山灰台地の上に、火入れ草原は、内海谷から鳩ヶ原、天谷にかけての台地斜面に広く分布している。
 さらに、採草放牧地や高原野菜畑、火入れ草原の周囲には、コナラ、ミズナラなど落葉広葉樹の林やカラマツ防風林、ポプラ並木などの風景木がみられ、牧野の風景を印象的で季節感豊かなものにしている。
 そして、これら牧場、草原や畑の背後には、大山、蒜山三座など直線・曲線を基調とする火山性山岳の姿が大きく望まれ、良好な眺望景観を得ることができる。このような、地形的要因、土地利用上の要因になり大山蒜山地域の景観は牧歌的、高原的なものになっている。


(2)大山蒜山地域に広がる草原と牧野 

 牧場そのものが草原であるが、これらに加えて、蒜山地域では、その特有の土地条件から、採草地(草刈り山)として維持されてきた「山焼き草地」が牧歌的風景をより印象的なものにしている。山焼き草地は、毎年春の「火入れ」によって維持されている「火入れ草原」である。
 全国的に草原の環境が姿を消す中で、草原は大きな火山の麓や、比較的傾斜が緩やかな山地の稜線斜面に残される形で、全国に点在している。
 大山蒜山地域に残る草原は、気候が冷涼で、火山麓高原特有のスロープなだらかな地形となっており、乳牛の放牧など畜産に適していたためと考えられる。
 今でも火入れ草原が広く残る蒜山地域は、豪雪地帯であるほか、西日本を代表する酪農地帯であり、北に大山に続く蒜山三座、皆ヶ山の火山、南に浸食の進んだ中国山地の山々が連なる高原盆地となっていることから、緩やかな斜面も多く、広く放牧や採草が行われており、広く草原牧野の環境が分布している。
 なお、大山蒜山地域に広く分布する採草地、放牧場は、改良草地と呼ばれる牧草地で、古来より人の手による草刈りや火入れ、放牧によって残されてきた二次草原(里山草原)でなく、大型農機具によって管理された人工草地であるが、乳牛がのどかに草を食む牧歌的景観は、この地方を代表する高原風景でもある。
 これら採草放牧地も、近年まで山焼き(火入れ)によって管理されていた火入れ草原であった。草原の一部は、ダイコン畑などの高原野菜畑として利用されており、牧場と並んで蒜山地方を代表する高原牧野の風景となっている。
 これら採草放牧地や高原野菜畑は、山地より続く落葉広葉樹林に接し、これら林縁部には、多くの野鳥や昆虫を観察することができる。
 なお、この採草放牧地や高原野菜畑より流れ出る有機物、肥料分が下流河川の水質を汚染しているとされている。





(3)火入れと牧畜によって維持された草原 

 かつて草原は中国山地に広く分布しており、山焼き(火入れ)、牧畜(放牧)、採草(草刈り)によって維持されてきた。このように人の手によって管理されてきた里山草原は、多くの野草が生育していて、春から夏、秋にかけて多くの野草が花を咲かせ、四季それぞれに里山草原特有の風景や生態系がみられ、多くの野生生物の生息環境となっていた。
 火入れは、草原に樹木が侵入し、樹林へと遷移するのを止め、草刈り場としての草原を維持するために続けられてきた。そのため、山焼き(火入れ)が行われる時期は、ススキなどの背丈の高くなる草本類が養分を地中の根に蓄える冬から早春にかけて行われるが、豪雪地帯である大山蒜山地域では、春の雪解けを待って行われてきており、現在も山焼きを行う蒜山地方では、毎年4月上旬に火入れが行われている。
 火入れの後、草原にはいっせいに春の草花や山菜が芽を吹き、ススキやチガヤの生長する初夏から夏、秋にかけて、放牧や草刈りがなされていた。
 かつて大山蒜山地域では、広く山麓一帯で山焼きが行われており、山麓から裾野にかけての広い面積が草原であった。戦後、採草放牧地にイタリアングラスなどの牧草が捲かれ、改良草地として管理されるようになり、昔ながらの放牧により維持されている半自然草原は激減しているが、現在も、蒜山地域の熊谷地区では、火入れの後の草原に乳牛が放たれ放牧が行われている。


(4)蒜山地域に見られる火入れ草原の風景 

 蒜山地域には、上徳山地区、西茅部地区、湯船地区に広い面積でススキ草原(草山)が残されているが、これら草原の景観は、春に地元の人たちによって山焼き(火入れ)が行われ、維持されている半自然景観であり、地域固有の文化的景観であるともいえる。
 これら草原は、地区(部落)単位で管理され、公有地(真庭市有地)あるいは入会地(共有地)である。火入れは、地区の共同作業として毎年4月上旬に行われ、以前は採草地(草刈り山)に樹木が生えないよう山焼き行事として行われていたが、現在は採草地として利用されることは少なく、山火事の防止や地区コミュニティの維持を目的に部落仕事として行われている。
 蒜山地域にみられる火入れ草原の風景の特徴は、火に強いカシワやクロマツが焼け残り、風景木のように草原に散生する景観にあり、草原に隣接して疎林状にコナラやクヌギの落葉樹も生育している。これは、蒜山地域の寒冷で積雪の多い気候条件を反映したものであり、蒜山地域固有の草原風景といえる。
 また、現在、火入れが行われている場所は、山地の山麓斜面(郷原地区、熊谷地区)と、古期大山の噴火による火山灰や泥流などが堆積した台地斜面(天王地区、延助地区、湯船地区)であり、地形的にも特徴のある場所であり、カシワの散生木(焼け残り樹木)とあいまって印象的な草山、草丘の景観をなしている。
 火入れ草原は、山焼きの後は、煤や灰の残る黒い斜面となるが、二週間くらいすると緑が芽吹きはじめ、初夏に一面ワラビの群落に覆われ緑の大地となる。夏にはオカトラノオの群落が出現し、白い花を咲かし、その後、秋にススキ草原へとなり、冬季は積雪に覆われ、根雪の下に埋まり、春の雪解けを待つ。
 火山の山麓に高原盆地をなす蒜山地域は、視界の広がりが大きく、大山や蒜山三座など名峰の美しい眺望が得られるが、火入れ草原からの眺望は良好であり、草原はビューポイントとしても重要な場所となっている。とりわけ、草丘(草地に被われた火砕流台地)からは、大山、蒜山三座などの火山性の山岳の眺望が素晴らしく、西日本を代表する絶景の一つといっても過言ではない。




(5)草原と人間の関係 

 人間の生活は、多くの場合、草原的な環境で行われている。森林の中ですべての生活を行っている民族も存在するが、多くの民族は、古くから草原に生活し、あるいは森林を切り開いて草原的な環境を作り、そこで生活を行った。
 農耕や牧畜といった人間の典型的な生産活動が、草原的な環境で行われるか、あるいは草原化を促すものであったのが、その主たる原因である。
 また、そもそも人類の進化は、類人猿的な祖先が草原で生活を始めたことに始まるとも言われている。直立姿勢も、視界を確保するという視点に立てば、草原の生活への適応と見ることが可能である。
 直接の因果関係を示すのは困難であるし、客観的な証拠を提示するのも難しいが、人間に多く見られる傾向として、草原に対しては安らぎや喜びの感情を抱きやすいようである。よく発達した森林は、むしろ恐れや畏敬の念に結び付く。それは、森林につきものの樹木の陰が暗闇への恐怖を引き出すのかもしれない。往々にして、高原の高級リゾートは、人為的な草原が多く作られる。もちろん、このことの主たる理由はそれを利用する立場になることの多い西欧の文化圏の指向であろうことは踏まえる必要はある。

 大山蒜山地域についてみても、蒜山高原には年間250万人を超える行楽客が訪れ、多くの別荘分譲が多くなされているように、広々とした採草放牧地が広がる牧歌的な高原牧野の風景は、重要な観光資源でもあるが、火入れによって維持された半自然草原は、季節による風景の変化も大きく、多くの野草や蝶を楽しむことができ、大切にすべき地域資源、自然文化遺産と呼べる。


(6)火入れ草原の環境と生活文化

 蒜山地域は、その寒冷な気候風土や火山麓ならでは土地条件、交通条件により、固有の生活文化がみられ、現在も山焼き(火入れ)による草原管理がなされている。
 火入れや放牧、採草など人の手によって管理される草原は、人と自然とが共生する文化的景観である。里山文化に代表される薪炭林と同様、草原(草刈り山)も農村地域での資源循環を考える上で重要な環境でもあり、その土地利用や昔から伝わる生活風習は、日本の農耕文化を知る上でも興味深い。
 山焼き(火入れ)による草原管理は、かつて日本全国の農山村で見られた文化であるが、戦後、産業構造の変化や拡大造林にともない急速に見られなくなった。
 とりわけ、茅(ススキ)は草原に育つバイオマス資源であり、家畜の飼料、農地の肥料、屋根材(茅葺き屋根の茅材料)など、多用途に利用されていた。中でも茅葺き民家、草刈り山(火入れ草原)、水田、家畜の関係は絶妙であったとされ、草原(草刈り山)は日本の農山村の生活文化を語る上で意味深い環境であり、自然文化遺産でもある。
 そのような火入れ草原・里山草原の環境が蒜山地域には残されており、地域の気候風土を反映した固有の生態系もみられ、ウスイロヒョウモンモドキはその典型でもある。








































































第4章 大山蒜山地域の草原生態系


(1)草原と生態系 

 草原は、草本、あるいは同程度の樹木がそれに混じった植生のことで、高い樹木がほとんどない状態のものを指す。背丈については必ずしも一定の基準があるわけではなく、芝生のようなものから、ススキ草原のように2mを越えるものもこれに含まれる。規模の小さいものを草地というが、両者の厳密な区別はない。
 なお、植物生態学的には、水草のはえている場所も草原として扱うので、大山蒜山地域でいう草原には、湿原も含まれることになる。
 草原の成立条件として、一般に、植物の生育に関して環境条件の良い所では、樹木が生育して森林が成立する。したがって、草原になっている場所というのは、何らかの点で森林が成立するには欠けた点がある場所、と言うことになる。代表的なのは以下のような場合である。

@水条件:降水量が少なく、樹木が生活できない場合、草原になる。
A気温:低温が極端な場合、植物は地表からあまり離れられなくなり、草原が成立する。
B風:極端に強い風が吹き付ける場所では、植物は背が高くなれず、草原になる。
C土壌:特殊な土質の地域では、樹木の生長が悪くて草原になる例がある。同様に湿地では土中の水分が多くて根が深くは入れないので、樹木は生長しにくく、草原となる。

 遷移との関連からみると、植物群落の遷移では、最初から樹木が現れることは少なく、まず一年生草本が、それから多年生草本が侵入する。したがって、遷移の初期段階にある場所は、草原である。そのような草原は、攪乱が生じない限り、次第に森林に移行するものと考えられる。
 また、攪乱を受けたことによって草原化する場合もある。過度の樹木伐採や、牧畜によって草原が形成されるのがその例である。野生の草食動物によっても、同様の現象が起きる場合があるが、特殊な場合と考えた方が良い。

 草原が立地しやすい場所としては、以下のようなところがある。
@極地と高山(いわゆる森林限界を超えた場所)、A内陸の平原に自然草原が成立する。
また、より局地的な条件としては、B海岸(岩礁であれ、砂浜であれ、海岸線付近には樹木は生育しにくい)、C湿地、水辺(氾濫原や湿地である場合も多い)、D鉱山跡、E火山周辺。さらに、人為的環境として野焼きの後など草地も草原であり、農耕地もある意味では草原と呼べる。

 以上のように、草原である場所は、植物にとっては、生育に必要ななんらかの条件に乏しい場所である。それは当然動物にも当てはまるが、生息する動物が少ないということではない。とくに、温暖ではあるが乾季があるために森林が発達しないような場所では、雨季の生産量は森林に劣るものではないから、生息する動物は多い。

 生態系として草原と森林を比べると、大きな差はいくつか挙げられる。
 まず、第1に構造が単純であること。
 森林が高木層から低木・草本・コケ層といった複雑な層構造をもつのに対して、草原は普通は単一の層のみからなる。当然ながら構成する種は少ない。また、草原では地表面がほぼ唯一の基盤である。森林では、樹木の幹や枝が、複雑な形の基盤を形成するために、これを利用する動物や植物(着生植物やつる植物など)が数多い。
 現存量がはるかに少ないこと。
 第2の違いとして、草原は森林に比べて、その現存量が圧倒的に少ない。この差は、主として森林では樹木の幹など、生産者の非生産部の蓄積が多いことに起因する。

 さらに、野生動物の生息環境としてみた場合、動物にとって、草原は森林とはまた異なった独特の場である。森林に見られる層構造や複雑な基盤がない場では、多くの動物は水平面に等しく並んで生活することが必要になる。
 空中を移動できる鳥から見れば、すべてが見渡せてしまう。猛禽にとっては狩りのしやすい場となる。
 狩られる側からは、身を隠すのが難しい。有効な方法としては、穴を掘って身を隠すことが挙げられる。多くの小動物が巣穴を作る。中には多くの巣穴がつながった大規模なものを作るものもある。
 より大きな動物では、穴を掘ることもかなわない。ただし、猛禽の攻撃対象ではないから、むしろ大型肉食獣との関係が問題になる。草食獣は、隠れるのは難しいので、より早く敵の接近を感知し、より速く逃げる方向に進化する。つまり背が高くなり、高い位置から見渡せるようになるとか、高速で駆け回れるとか、跳躍力を身につけるといった方向である。また、群れを作るものが多い。集団でいた方が、警戒も交替で行えるし、攻撃を受けづらくなる。肉食獣は、草の間に身を伏せて接近するとか、集団で追い回すなどの戦術が必要になる。
 また、見通しのきかない森林においては、鳴き声による情報伝達が用いられることが多いのに対して、見通しのよく効く草原の動物では、視覚による情報伝達が利用されやすい。
 以上、草原と森林とでは、生態系的に見ても大きな違いがあり、大山蒜山地域にみられる草原の多くは、火入れや放牧、採草など人の手によって維持されてきた半自然草原であるが、大山蒜山地域における生物多様性の保全や野生生物の保護を考える上で重要な環境といえる。今その草原が大山蒜山地域から急速に失われつつあり、草原に生育生息する野生生物が生存の危機に瀕している。




(2)草原に暮らす野生生物 

 草原と森林とでは、生態系的に見ても大きな違いがあり、出現する野生生物の種類も異なる。大山蒜山地域において、草原を生息場所として利用する野生生物についてみてみよう。
 人の手によって維持されてきた半自然環境とはいえ、火入れ草原・里山草原は、山地や火山麓に開けたオープンランドであり、多くの野生動物が生息に利用している。視界が開け、上空からよく見渡せることから、猛禽類の餌場となっている。ハヤブサやチュウヒなどの草原のワシタカ類をはじめ、イヌワシやクマタカなど山地の岩場や森林を営巣地とする大型の猛禽類にとっても牧野や草原は、重要な狩場となっていることが多い。また、樹林に囲まれた草原や農地は、フクロウやオオタカなどの餌場となっている。
 このほか、広葉樹の林に接する高原の農地や採草地は、カッコウやウグイス、モズ、シジュウカラ、ヒバリなどの姿を見ることも多く、冬季には、ツグミやジョウビタキ、コガラ、エナガなどの混群が草原や牧野に育つ樹木に止まっている様子がよく見かけられ、蒜山地域では、初夏にオオジシギなど珍しい野鳥も飛来している。
 また、火入れによって維持されている草原は、春先に地表まで太陽光がとどくことから、春に花を咲かせる草花がよく観察され、初夏から秋にかけて、オミナエシやキキョウなどの秋の七草に代表される花の美しい山野草が多く育っていることから、吸蜜に訪れる蝶を数多く見ることができ、明るい野原に棲む昆虫も多い。
 また、カヤネズミなど草原の環境に適応して巣作りを行う小動物や野鳥を目にすることもある。 


(3)絶滅が危惧される草原の生きもの 

 日本の草地面積は、明治時代には11%であったとされているが、現在はわずか3%にまで減少してしまったとされているが、草地の減少にともない草原を生育生息環境とする野生生物の多くが生きる空間を奪われ、絶滅の危機に瀕しているとされている。
 このことは、自然草原だけでなく、火入れや放牧、採草など人間の活動によって維持されてきた半自然草原(二次草原・里山草原)にもいえ、キキョウやオミナエシなどかつて、人里に近い山野でよく目にされた野草も絶滅が危惧されている。
 とりわけ、日当たりがよく美しい花の咲く草原は、春から夏にかけて多くの蝶を見ることができたが、戦後、大山蒜山地域では多くの蝶が絶滅したとされ、オオウラギンヒョウモン、シータテハ、ヒョウモンモドキの姿が見られなくなったほか、ウスイロヒョウモンモドキをはじめ、ウラナミアカシジミ、クロシジミ、シルビアンシジミ、ウラギンスジヒョウモン、キバネセセリ、コキマダラセセリ、ツマグロキチョウ、ゴマシジミ、ヒメシジミ、クモガタヒョウモン、キマダタモドキ、ヒメヒカゲなどの絶滅が危惧されている。

 蝶のほかにも、火山である大山蒜山の山麓には、多くの湿地帯が分布し、ユウスゲなど湿生草原に育つ植物を食草とするフサヒゲルリカミキリも絶滅の危機にある。
 フサヒゲルリカミキリは、北海道の渡島半島と岩手県、中部山岳地域と中国地方に分布する甲虫で、体は全体に暗い紫色で、美しいカミキリムシである。山地の湿性草地に限って生息し、周辺の森林からつねに水が流れ出しているという条件の場所であるため、森林の伐採により山の保水力が低下すると草地が乾燥し、本種の生息地は、消失していく傾向が強いとされいる。フサヒゲルリカミキリは、蒜山地域の火入れ草原で生息が確認されているが、大山では絶滅した可能性が高いとされている。








































































第5章 
“草原の蝶”ウスイロヒョウモンモドキの生態


(1)“草原の蝶”ウスイロヒョウモンモドキとは 

 ウスイロヒョウモンモドキは、環境省が八表したレッドリストにおいて、「絶滅危惧T類」に指定されている絶滅のおそれが最も高い蝶の一種である。
 日本では、兵庫県から広島県、島根県にいたる中国山地とその周辺域に生息していたが、近年急激に減少し、生息していた多くの地域で絶滅されたとされている。
 ウスイロヒョウモンモドキは、年に1回6〜7月に成虫をみることができる。生息している場所は、夏に草丈が膝から腰の高さくらいのススキを主体とした草原である。幼虫はこの草原に生えるオミナエシやカノコソウを食べて成長する。
 このようなススキ草原は、かつて人間が利用することによって維持されてきた草原であるが、草原環境は人間が利用しなくなって急激に環境が変化し、それによってウスイロヒョウモンモドキも滅びつつある。
ウスイロヒョウモンモドキの生息する草原は、オキナグサなど多くの貴重な動植物の宝庫でもある。ウスイロヒョウモンモドキを守ることは、多様な生きものを育む自然環境全体を保全することもつながる。


(2)日本におけるウスイロヒョウモンモドキの生息分布 

 ウスイロヒョウモンモドキは、これまで兵庫、鳥取、島根、岡山、広島の各県に生息していたが、1980年代以降急激に減少し、現在も残されている生息地はごくわずかである。各県における生息状況は以下のとおりである。
a.兵庫県
 西播磨の低山地、播磨・但馬にまたがる中国山地に生息していたが、現在は、養父市、香美町を中心としたハチ高原一帯にのみ生息している。
b.鳥取県
 中国山地に沿って広く生息していたが、現在は3ヶ所のみに生息しているとされている。
c.島根県
三瓶山と旧横田町に生息していたが、現在は三瓶山のみの生息とされている。
d.岡山県
 県北部を中心にかつては70ヶ所に生息していたが、現在は新見市、新庄村、鏡野町の3市町内5ヶ所のみに生息しているとされている。
e.広島県
 県北部の4町13ヶ所に生息していたが、1970年代前半に絶滅したと考えられている。




(3)“草原の蝶”ウスイロヒョウモンモドキの生態 

 ウスイロヒョウモンモドキの成虫は年1回発生するが、発生時期は場所によって異なり、標高の低い岡山県新見市草間台地では、6月中旬〜下旬に、その他の標高の高い地域では7月上旬〜中旬である。
 幼虫の餌はオミナエシとカノコソウで、草間台地ではカノコソウを利用しており、それ以外の場所ではオミナエシを主として利用している。
 成虫は約150卵を葉裏に一度に産みつける。卵は20日間ほどで孵化し、幼虫は口から糸を吐いて巣を作り、集団で過ごし成長する。夏を過ぎると地面付近の暮れ草の中で越冬のための巣を作り動かなくなり、4齢幼虫で越冬する。春になると再び幼虫は活動し、餌を食べ始めるが、今度は単独で行動する。そして、蛹になり、1ヶ月ほどで羽化し、成虫となる。


(4)ウスイロヒョウモンモドキが生息する半自然草原

 ウスイロヒョウモンモドキの生息する環境は、夏に草の高さが膝〜腰ぐらいまでのススキ草原である。こうした草原は、現在も放牧地となっていたり、牛馬の敷き藁や田畑の肥料として利用するために草刈りがなされている場所もある。
 また、スキー場として利用されたり、景観を守るために、草原として維持されている場所もある。このチョウが生息するススキ草原は、採草地や放牧地として人間が長期にわたり利用してきた「半自然」草原である。
 こうした草原には、ウスイロヒョウモンモドキだけでなく、多くの特徴的な動植物がみられる。とくに昆虫類や植物では、ウラギンヒョウモン、ヒメシジミ、ヒメビロウドカミキリ、キキョウ、オキナグサなど絶滅に瀕するものや貴重なものが多い。







































































6章 ウスイロヒョウモンモドキの生息環境復元


(1)ウスイロヒョウモンモドキの保護と草原の保全再生 

 ウスイロヒョウモンモドキは、これまでに多くの地域から絶滅してきた。この蝶を守っていくためには、良好な草原環境を維持していくことが不可欠である。

1)絶滅の原因
 日本の草地面積は、明治時代には11%であったとされているが、現在はわずか3%にまで減少してしまったとされている。
 ウスイロヒョウモンモドキが急激に減少した理由は、人間が利用してきた半自然草原が失われてきたからである。これには様々な原因が考えられるが、大きく以下の2つがあげられる。
原因その1 各種開発による生息環境の破壊
原因その2 人為的な管理放棄によって植生が変化したことによる環境の悪化

 かつて草原は、採草地や放牧地として利用されていたが、その必要がなくなってしまったため、開発や管理放棄によって失われてきた。
 開発による生息環境悪化は、農地改良工事や道路建設、スキー場のゲレンデ改修などによって、草原そのものが消失したものである。管理放棄による環境の悪化は、草刈りなどの管理が行われなくなり、草原が放置されたことによるものである。

2)保全の方法
方策その1 食草の生える草原環境の維持
 幼虫の食草であるオミナエシやカノコソウの生える草原環境を維持するため、草原の草丈を1m以下に維持していくことが必要で、放牧や年1回以上の草刈をする必要があるとされている。
方策その2 成虫の吸蜜植物の確保
 成虫はオカトラノオやヒメジオン、稀にノアザミなどを吸蜜する。生息地に吸蜜植物が少ない場合には、これらの植物も繁茂するよう管理する必要がある。
方策その3 捕獲・採集の監視
 生息地・個体数ともに非常に少なくなっている現状では、チョウの採集がさらなる減少を引き起こす可能性がある。ウスイロヒョウモンモドキは国により捕獲・採集が禁止されており、実行力をもたせるためにも監視が必要である。
方策その4 生息地の面積拡大と多数化
 1ヶ所の生息地については、なるべく面積が大きくなるようにし、また、隣接した多くの生息地を設けるようにする。生息地が小さく、また、生息地の数が少ないと、チョウが長期にわたって生存していくことができない。そのため、良好な環境をなるべく広い面積で維持できるようにし、また、成虫が移動可能な範囲に多くの生息地を設けることが必要である。
方策その5 生息個体数の調査
 現状を把握し、保全対策の効果を確認するためにも、毎年チョウの個体数をモニタリングしていく必要がある。ウスイロヒョウモンモドキの幼虫は発見が難しいため、成虫期の調査の方が容易である。


(2)大山蒜山地域におけるウスイロヒョウモンモドキ生息状況

 現在、大山・蒜山地域において、ウスイロヒョウモンモドキの生息地とされている場所は、三平山と新庄村の田浪地区の二ヶ所で、三平山については場所が明示されていない。蒜山地域は、かつてウスイロヒョウモンモドキの生息地が複数あったとされているが、すでに絶滅した可能性が高いとされている。
 三平山は鳥取県(江府町)と岡山県(真庭市)にまたがる分水嶺の山稜で、ウスイロヒョウモンモドキの生息については、鳥取県側からの情報であったが、三平山およびその周辺には、江府町、真庭市(蒜山地域)ともにススキ草原が散在しており、三平山を中心に大山山麓および蒜山地域について、ウスイロヒョウモンモドキの生息可能性について現地調査を行った。
 調査は、三平山全域とその周辺山麓域(江府町・真庭市)、大山の北麓(大山町)・西麓(伯耆町)・南麓(江府町)・東麓(琴浦町・倉吉市)、皆ヶ山の南麓(真庭市)、蒜山三座の南麓(真庭市)、毛無山南麓(新庄村)、郷原地区一帯(真庭市)など大山隠岐国立公園とその隣接域について、草原の分布状況を確認するとともに、植生、火入れ・放牧・採草などの管理状況について現地確認を行い、ウスイロヒョウモンモドキの生態より生息の可能性を検討した。
 大山蒜山地域に残されているススキ草原は、ゲレンデ草地、火入れ草地、放牧草地および湿原草地の4イプに区分することができた。

a.ゲレンデ草地タイプ
 スキー場ゲレンデに広がるススキ草原で、大山の山腹から山麓によく見られる。ススキの密度が高く、比較的単調な植生であり、コブ状のギャップや低木なども少なく、幼虫の食草となるオミナエシやカノコソウ、成虫の吸蜜植物も少なく、ウスイロヒョウモンモドキの生息可能性は低いと考えられた。

b.火入れ草地タイプ
 山焼き(火入れ)によって維持されている草原で、草刈りがなされていないため、草原の草丈が高いことに加えて、フジやタニウツギなどの低木の密度も高く、火入れによる炎や熱による影響も無視できないことから、ウスイロヒョウモンモドキの生息可能性は低いと考えられたが、一部に背丈の低い草地もみられ、生息地の環境に類似する場所もみられた。

c.放牧草地タイプ
 大山蒜山地域の放牧場の多くは改良草地で、放牧により半自然草原となっている場所は極めて局所的であるが、瓜菜沢などに生息地の環境に類似する場所もみられた。

d.湿原草地タイプ
 湿原の周囲や山地斜面の湧水帯付近にみられる草地で、多くの場所はササが繁茂しているが、一部に背丈の低い草地もみられ、生息地の環境に類似する場所もみられた。

 これらの検討結果をもとに、生息地の環境に類似する草原について、食草となるオミナエシやカノコソウの生育量や成虫発生期における固体の確認を行った。
 あわせて、三平山や新庄村田浪地区など、既に生息が確認されている場所についても、生息状況の確認を行った。
 調査の結果、毛無山南麓(新庄村)において7月中旬に複数の成虫固体を確認できたほか、三平山の岡山県側(真庭市)において、初秋期に多数のオミナエシの生育とオミナエシの葉にウスイロヒョウモンモドキの生息可能性を示唆する食痕を確認することができた。三平山の草原は、成虫発生時期の関係もあり、生息固体の確認にはいたっていないが、火入れが行われていない場所であり、草の背丈、オミナエシほか野草の生育状況、低木の密度、湿地帯の存在など、毛無山南麓や恩原高原の生息地と類似した環境にあることから、ウスイロヒョウモンモドキの生息可能性が高いと判断された。




(3)ウスイロヒョウモンモドキの生息環境再生候補地 

 ウスイロヒョウモンモドキを守っていくためには、今ある生息地の環境を保全維持してくだけなく、生息地となる環境を再生してく活動も必要である。大山蒜山地域に残されているススキ草原について、生息地と類似した環境にあるものの中で、生息地である新庄村田浪地区毛無山山麓および三平山に近い草原について、生息環境再生候補地を求めてみると・・・、

@ ウスイロヒョウモンモドキの生息が確認された草原に隣接する毛無山南麓の原野域(現在、低木が育つ背丈の高いススキ草原  )の一部、
@ 近年まで火入れがなされ、生息地に類似した環境が見られる内海谷の台地斜面(現在、火入れが行われていない)、
A 現在、火入れが行われているが、食草となるオミナエシやカノコソウの生育がみられ、火入れに代えて、草刈りによる草原管理  が可能な熊谷地区の山腹斜面の一部、および、鳩ヶ原、宿波谷の台地斜面の一部、
B 牛の放牧が行われている改良草地に隣接する斜面で、ススキ草原となっている瓜菜沢の原野の一部、
C 湧水などにより湿地帯が形成され、生息地に類似した環境が見られる三平山の山腹斜面・・・などが生息環境再生候補地と して選定することできた。

 このうち、毛無山南麓の原野域、および、三平山の山腹斜面は、オミナエシの生育も多く、生息環境再生に適した環境にあると考えられた。


(4)ウスイロヒョウモンモドキの生息環境再生活動

 大山蒜山地域は、鳥取県西部から岡山県北部にかけて広かる山岳高原・山麓農村地帯で、広く大山隠岐国立公園に含まれている。蒜山地方には、山焼きや放牧、茅刈りによって維持された茅場(草原)が広く分布し、美しい草原の風景が広がっている。そこには、近年までウスイロヒョウモンモドキをはじめとする希少な野生生物が多く棲息していた。かつて中国地方に広く分布したウスイロヒョウモンモドキは、生息環境となる草原が急速に消滅し、蒜山地域でも絶滅の危機に瀕している。

 このようなススキを主体とする草原は、かつて人間が利用することによって維持されてきた半自然草原であるが、このような草原は、人が利用しなくなって急激に環境が変化し、ウスイロヒョウモンモドキをはじめとする草原の野生生物の一部は、絶滅の危機に瀕している。ウスイロヒョウモンモドキの棲む環境を保全し、再生していくことは、多様な生きものを育む自然環境を守ることに通じる。あわせて、美しい草原風景やビューポイントを大切にすることにも通じる。
 生息環境再生活動は、ウスイロヒョウモンモドキなどの野生生物の生息に適した二次草原を保全再生するとともに、大山・蒜山地域で自然環境の再生を実践するネットワークづくりを目的とした。

 活動は、
@生息地となる草原の分布調査、
A全国規模の草原保全シンポジウムの開催、
B草原ビオトープ見学会・草原エコツアーの開催、
Cウスイロヒョウモンモドキ生息状況調査、
Dウスイロヒョウモンモドキ生息地再生候補地の選定、
E大山蒜山自然保護セミナーの開催、
F草刈りによるウスイロヒョウモンモドキ棲息草原再生活動、
G保護監視システムの検討・整備、
Hウスイロヒョウモンモドキと草原を紹介するホームページ作成、

 という流れで進めており、全国草原シンポジウムなどイベントの開催による行政や地域住民へのアピール・地域啓発をはかりながら、生息環境再生調査を実施し、環境再生候補地を選定と平行して、蒜山山麓や毛無山山麓の里山域での草刈りグラウンドワーク活動による環境再生を進めている。

 草原生態系調査の結果、希少野生生物保護上で重要とされる林野域が複数確認することができた。その中には、ウスイロヒョウモンモドキ生息地の再生を考える上で重要な草原も含まれている。また、全国草原シンポジウムを開催し、草原の保全、草原に棲む希少な野生生物の保護の必要性を広く呼びかけることで、大山・蒜山地域で環境保全活動を実践する自然環境保全ネットワークづくりを行なっており、新庄村の毛無山山麓などにおいてウスイロヒョウモンモドキ生息環境再生を目的とした草刈りグラウンドワーク活動を実施することができた。




(5)環境再生のためのグラウンドワーク組織 

 
草原生態系調査および草刈りグラウンドワーク活動の実施において、"田舎暮らし"に憧れて大山蒜山地域に移住あるいは別荘を所有する「新田舎人」などに参加協力を求め、当地域における自然保護や景観保全のボランティア活動を展開する市民活動組織(仮称:大山蒜山秋の七草応援団)を発足させることができた。

 大山蒜山地域で草原生態系を復元するということは、かつて中国山地の里山に広く分布した二次草原を再生させるということであり、そのための手法として、@放牧、A火入れ、B草刈りの三つの方法があり、今回は、全国草原シンポジウムにおいて「火入れ」の重要性をアピールし、草原生態系復元のための実践活動として、ウスイロヒョウモンモドキ生息地の再生を目的とした草刈りグラウンドワークを展開している。
 草原再生のためには、行政の他、地域住民の理解と協力、さらには、地域外住民・市民の参加応援が必要であり、希少野生生物の保護のみならず「美しい草原風景の保全」という観点で活動を行うことで、より多くの市民・行政の賛同を得ることができると考えることができると考えている。
 このことは草原生態系のみならず、昔懐かしい農村景観・風景を保全再生することにより、絶滅の危機に瀕した多くの野生生物の生息環境を保全復元することに通じ、「昔懐かしい農村風景」と「希少な生態系」いう二つの地域資源を同時に保全することであり、観光と自然保護の両立を考える上で重要と考える。